私が存在している理由
生きているのは、私に「使命」があるからだと勝手に思っています。
そう考えないと007のように危機を何度も乗り越えて生きている理由が見つからないのです。
その使命とは何か? 言い換えれば、存在している理由です。
これは前回のブログでも理由を述べさせてもらいましたが、「幸せになる」ことだと思っています。
「幸せになる」には何が必要か? 「幸せになるために、自分がほしいものを書き出す」という実験があります。
最初は、「高級バック、高級時計、ブランドの服・・・・・・・・・」と物が出てきます。 しかし、ある程度考えて書いていくと高級バックなどの物は、満足を得るための手段だということに気づいてきます。
そして、本当に欲しいものは「愛、友情、勇気・・」など精神的なものに行きつきます。 結局は、幸せとは、心の問題だと気付くことになります。
では、どうすれば精神的に幸せになるのでしょうか。 利他的(他人の幸福を願う)な行動が、脳にとって幸福感が得られることが脳科学で分かっています。
他人を愛することや思いやることで幸福感が得られるのです。 人は一人では生きられません。 自分が幸せになるためには、 自分の周りの人も幸せにならなければ、自分は幸せにはなれない。
周りの人はみんな不幸だけれど、自分だけが幸せと言うことは成り立たないのです。 だから利他を実践して幸せになることが、私の存在理由でもあるし、使命でもあると確信しています。 ただ、こんな偉そうなことを書いていますが、私自身は、まだまだ利己的です。
先日も、知り合いの方から美味しそうなショートケーキを2個、頂きました。 ケーキが好きな人が職場にいるので、あげたら喜ぶだろうなと思いながら、気がつけばケーキがないのです。
超常現象?!
違います!
お腹がすいていた私は、自動的にケーキを二個とも食べてしまったのです。 まだまだ、私は利己的です。 だからこそ、他人を愛し、思いやることで利他を実践していかなければならないと感じています。
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